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ストエレがストップモーションを作り始めた理由

2025/12/11
in ストエレの奇妙な制作日記

「最高のステージを作りたいんだ」

8年前のある日、猫(奇怪田猫太郎)が言った。

我々、ストレンジ・エレクトリック・ドリームズは元々別々のバンドで活動していたふたりが、「誰も見たことのない最高の夢を届けたい」という強い想いで結成したものである。「最高のステージを作る」というのは、我々にとってまず最初になすべき課題であるとも言えた。

「作ろうじゃない、最高のステージを」

そう答えた私(極夢幸雷)は、具体的にやるべきことをピックアップしていった。楽曲をアレンジし、衣装を揃え、ライブパフォーマンスを練習し、メイクや髪型にも当然こだわりたい……ライブをするなら、編集してYouTubeにも上げるべきだろう。書き出していけば、その夢にはキリがない。

予算や期間など、具体的な計画を建てる私の横で、猫は腕を組み、深くうなずいていた。そして言った。

「オレは、照明を作るから」

てっきり私の計画に賛同しているのかと思いきや、猫の思考はどうやらそのナナメ上を行っていたらしい。

「ショウメイ?」

「ライトよ、ライト。やっぱね、海外のアーティストとかを見ても、照明がカッコいいと全然違うんだよね」

照明を、作る。いや、照明って普通作るんだっけ?てゆうか作れるんだっけ?

そんな疑問をよそに猫はカバンからシワクチャの紙を取り出し、「ちょっと借りるね」と私が愛用するジェットストリームの4色ボールペンを横取りし、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら照明のデザインを描き始める。

猫の絵には独特の味があり、私はそれが割と好きなのだが、この時ばかりはそのペン先からどこか得体の知れない不気味さを感じたものである。例えば、宇宙人から「これどうぞ」と渡された卵が目の前でひび割れ始めたら、こんな気持ちだろうか。期待が1パーセント、不安が99パーセント、「もう手遅れだ」という気持ちが10,000パーセントである。

「これをこうして、四方に光が伸びるようにして……」

それは照明というより、見たことのない奇妙なオブジェであった。

思えば、この時からストエレの未来は大きく動き始めたように感じる。

しかし当時の私は深く考えることもなく、まぁ猫がやりたいというなら好きにやらせればいいだろうと、軽い気持ちでその案にOKを出した。今振り返れば人生最大の過ちであった。

「まぁ、パパッと作って2週間くらいで完成させるから、人間さん(猫は私をこう呼ぶ)はその間、新曲でも作っててよ」

そう言い残し、謎の設計図を片手に満足げに猫は去っていった。

「2週間で作る」と言っていたその照明が完成したのは、まさかの8ヶ月後であった。

その間、私は5曲ほどの新曲を完成させ、猫に「いつになったら照明は完成するのか?」と確認をし、衣装を揃え、猫に「いつになったら照明ができるのか?」と問いただし、HPやSNSの準備を進め、猫に「いいかげんにしろいつになったら照明ができるんだ」とLINEを送り、ギターとベースのフレットを磨き、猫に「お前んちにカレンダーはないのか?あれからもう半年だ」とクレームを入れた。

そして気づいたのは、「我々(というかあの猫)の夢の実現には、もしかするとかなりの歳月を要するのでは?」というなかなかに受け入れ難い現実であった。このペースで進めていたら、ライブができるのは3年後である。

昔のバンド仲間の中には、もう結婚して家庭を築いている人も多い。「夢を追う」といえば聞こえは良いが、我々には無限の時間があるわけではないし、ついでに言えば金もない。

そして5分ほど考えた結果、「全部ミニチュアサイズで作れば2ヶ月くらいでできるんじゃね?」と閃いた。実に画期的なアイディアである。

猫に確認するのも面倒なので、その日から勝手にミニチュアで『理想のステージ』とそれを使ったミュージックビデオを制作し始めた。

これが、後のベラとプッピスの物語『ストレンジ・エレクトリック・ドリームズ』の試作品となる。

※画像は制作途中のもの

そしてついに猫からの「照明が完成した」という報告を受けたその日、試作動画を持っていった。

それを見て、私の「1/12の大きさで作れば期間も予算も1/12で済む」という乱暴な説明に案外あっさり納得した猫は、「確かにオレも、全部実寸大で作るのはちょっと無茶だと思ってたんだよね、最初から」と言って笑った。こいつはおそらく夏休みの宿題が終わらないタイプだったに違いない。

ぶんなぐりたくなる衝動を抑え、改めて計画を立て始める。試作品はあくまで『ミニチュアを使った人形劇』のような作りだったが、人形の尻に棒を刺して動かす手法では、どうしても動きに制限が出てくる。それに、ただ楽曲に合わせて人形が動くだけでは、作中に登場するキャラクターたちの背景や想いが、いまいち想像できない。我々は頭の中に思い描くこの奇妙で最高にワクワクする『夢の世界』を、よりリアルに届けたかった。

そこでたどり着いたのが『ストップモーションの手法でロックバンドの物語を作る』という結論だった。

困難な道であることは間違いないが、どちらからも「やめよう」という言葉は一度も出てこなかった。お互いの中に「これだ」という確信があった。

我々は、夢中になってボロボロの紙にストレンジ・エレクトリック・ドリームズという『架空のロックバンドの物語』を綴った。主人公はロックスターを目指す女の子と、その相棒の猫。奇妙な大陸に暮らしていて、ある日不思議な噂を耳にする……。

夢は果てしなく広がり、時間はあっという間に過ぎていく。

そしてあらかたの方針がまとまった会議の終わり際、猫が言った。

「ところで、あの照明どうしよっかね?」

一応確認してみたが、手元の紙にあの照明に関する記述は一切ない。そもそも、大きさがまるで違うのだ。猫が8ヶ月かけて作った照明は、縦2メートル、横4メートルの巨大なものであり、我々がこれから制作しようとしているのは、縦10cm、横3cmほどの小さな人形とその世界だ。

制作当初はストエレの活路を切り開く希望の光であったが、使わないとなればもはや負の遺産である。

しかし、その照明もまた猫が汗水流して制作した渾身の作品であることには変わりなく、「要らない」とは少々言いづらい。

悩んだ末、「そのうち使おう」と私は言った。その場をやり過ごすための苦肉の策であったが、「ゼッタイね」と猫は言った。私が深く考えずに受け取ってしまった得体の知れない卵は、もう孵ってしまったのだ。

『アニマ』と名付けられたその照明は、今も猫の家の倉庫に眠っている。これから始まる『ストレンジ・エレクトリック・ドリームズ』の長い長い物語のどこかで、登場するチャンスを刻一刻と狙っているのだ。

いつかどこかで、奇妙で刺激的な夢を求めるみなさまにもお見せする日が来るかも知れない。


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